魔法のワンワードゴルフ —たった一言で5打縮む奇跡の物語—
2025.04.16 UP
第3章:メンタル編「誰も見ていないの一言」
「城島部長、おめでとうございます!」
会議室に入るなり、部下たちからの祝福の声が飛び交った。先週の高橋商事との大型契約が実り、城島は部長に昇進したのだ。突然の出世に、城島自身が一番驚いていた。
「ありがとう、みんな。これからもよろしく頼む」
城島は照れくさそうに頭を下げた。デスクに戻ると、社長からの直筆メモが置かれていた。
「これからは君に期待している。来週の株主総会でプレゼンをお願いしたい」
城島の顔から血の気が引いた。株主総会でのプレゼンは、会社の将来を左右する重要な機会だ。数百人もの株主や経営陣の前で話すことを想像すると、胃がキリキリと痛んだ。
「大丈夫かな…私に務まるのだろうか」
昇進の喜びも束の間、不安が押し寄せてきた。上に立つということは、それだけ多くの目にさらされるということでもある。
週末のゴルフコンペは、新しい取引先との親睦を深める大事な機会だった。この日は会社を代表して参加する初めての機会でもある。
「城島部長、今日はよろしくお願いします」
取引先の営業部長である中村が握手を求めてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
中村の他にも、数人の重役が同伴プレーヤーとして参加していた。城島は緊張で手に汗をかいた。これまで同僚とのラウンドとは違う。会社の看板を背負っているという重圧感があった。
1番ホール、ティーショットの順番が来た。城島は深呼吸をして構えたが、周囲の視線が気になって仕方がない。
「部長、頑張ってください!」後ろから声がかかる。
その声に緊張が高まり、思いっきり引っ掛けてしまった。ボールは左の林に消えていった。
「あーあ…」小さなため息が漏れる。
城島のラウンドは波に乗れなかった。グリーン周りでは「パター優先」を忘れてチップショットを選んでミスし、パットでは「距離感は気合い」を心がけても、プレッシャーで思うように打てなかった。
前半9ホールを終えた時点で52打。90切りどころか、100切りも危うい状況だった。
休憩時間に一人トイレに立ち寄った城島は、鏡の中の自分の顔を見つめた。「何が起きているんだ?」
そのとき、ふと瀬戸の言葉が思い出された。「『誰も見ていない』—プレッシャーは自分で作り出すものだ」
城島はしばらく考え込んだ。確かに、周囲の視線を意識しすぎて、自分のプレーができていなかった。本来の自分のゴルフができていない。
「そうか…誰も見ていないと思えばいいのか」
バックナイン1番目の10番ホール、城島はティーショットの前に深呼吸をした。心の中で「誰も見ていない」と唱える。不思議なほど心が落ち着いていくのを感じた。
スイング。ボールは美しい弧を描いて飛んでいった。フェアウェイド真ん中に見事に着地する。
「ナイスショット、部長!」取引先の役員が声をかけてきた。
城島は微笑んで礼を言いながらも、心の中では「誰も見ていない」と繰り返していた。自分のために打つ。観客のためではなく。
次の打席でも同じように「誰も見ていない」と心の中で唱え、リラックスしてショットを放った。7番アイアンの球は、完璧な弾道でグリーンにピタリと止まった。
「すごいショットだ!」中村が感嘆の声を上げた。
城島のゴルフは一変した。グリーン周りでは「パター優先」、パッティングでは「距離感は気合い」、そして全てのショットの前に「誰も見ていない」。この3つのワンワードを実践することで、バックナインは驚異の42。トータル94で、見事に復活を遂げた。
「素晴らしいゴルフでした、城島部長」コースを後にする際、中村が敬意を込めて言った。「後半のあの冷静さは見事でした。何かコツでもあるんですか?」
城島は微笑んで答えた。「自分のためのゴルフをするだけです」
月曜日の朝、城島は早めに出社し、株主総会のプレゼン資料を見直していた。金曜日まで不安だった気持ちが、週末のゴルフでの気づきで変わりつつあった。
「プレッシャーは自分で作り出すもの…」
パソコンから流れる音楽を聴きながら、城島は前回の資料を見直した。これまでの資料は、経営陣を意識しすぎて、複雑で分かりにくいものになっていた。
「シンプルにしよう」
城島は新しい資料を作り始めた。「パター優先」の教えを活かし、複雑な説明を削ぎ落とし、核心だけを残した。データも「気合い」を入れて、最も説得力のあるものだけを選び抜いた。
そして何より、「誰も見ていない」という心構えが大きかった。経営陣や株主の顔を想像して萎縮するのではなく、自分の信じる戦略を自分の言葉で伝えることに集中した。
株主総会当日、城島は壇上に立った。大勢の視線を感じながらも、心の中で唱えた。「誰も見ていない」
そして始まった彼のプレゼンは、シンプルで力強く、情熱に満ちていた。終了後、社長が駆け寄ってきた。
「城島くん、素晴らしかった!こんなにクリアなビジョンは久しぶりだ」
城島は安堵と共に、喜びを感じた。
帰宅途中、いつもの公園のベンチに座っていた城島に、見覚えのある老人が近づいてきた。
「瀬戸さん!」
瀬戸は微笑んで隣に腰を下ろした。「調子はどうかね?」
「『誰も見ていない』、本当に効果がありました」城島は熱心に語った。「ゴルフも、仕事のプレゼンも、全て上手くいきました」
「そうか、それは良かった」瀬戸はゆっくりと頷いた。「人は往々にして、他者の視線を過大評価する。実際には、誰もあなたのことをそこまで見ていない。人は自分のことで精一杯なのだ」
「でも、仕事では本当に多くの人が見ているじゃないですか?」
瀬戸は微笑んだ。「それでも、彼らは『あなた』を見ているのではない。彼らは自分の利益や関心事を通してあなたを見ている。だから、他者の視線に惑わされず、自分の信じる道を進むことが大切なのだ」
城島は深く頷いた。「次のワンワードは何でしょうか?」
瀬戸は立ち上がり、城島の肩に手を置いた。「次は『得意距離を残す』だ。コース攻略の極意だよ」
「得意距離を残す…」
「そう。グリーンに届かない時は、自分が最も得意とする距離を意図的に作り出すんだ。これは戦略の話だよ」
瀬戸は穏やかに微笑み、夕暮れの公園を歩き去っていった。城島が声をかけようとした時には、すでに影も形もなくなっていた。
ベンチを立ち上がろうとした城島の足元に、一枚の紙切れが落ちていた。それを拾い上げると、見慣れた達筆の筆跡で書かれていた。
「『得意距離を残す』—自分の強みを活かす戦略が最短で結果を出す。—瀬戸」
城島は紙を大切にポケットにしまった。新しい部長としての責任と、さらなるゴルフの上達への期待に胸を膨らませながら、家路についたのだった。